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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)251号 判決 1973年3月22日

東京都荒川区西尾久五丁目一番三号

原告

西村友次郎

右訴訟代理人弁護士

横田聡

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長

鎗田健亮

右指定代理人

山田二郎

宮北登

成田信子

高野利正

白鳥庄一

主文

被告が昭和四二年八月三一日原告の昭和四一年分所得税についてした更正のうち、総所得金額四、二九六、二二二円をこえる部分を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

被告が昭和四二年八月三一日原告の昭和四一年分所得税についてした更正を取り消す旨の判決

二  被告

原告の請求を棄却する旨の判決

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四二年三月一五日、昭和四一年分所得税について、不動産所得および給与所得の合計二、二四六、八二〇円を総所得金額とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四二年八月三一日、総所得金額を五、七三八、四九二円とする更正をした。

2  しかし、原告の昭和四一年分の総所得金額は、原告の確定申告額のとおりであつて、被告がした更正は違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の答弁および主張

1  原告の請求原因1記載の事実は認める。同2記載の事実中、原告に昭和四一年中に原告の確定申告にかかる不動産所得および給与所得があつたことは認める。

2(一)  原告は、昭和四一年七月二二日、妻照子と協議離婚し、同年八月、照子に対し離婚に伴う財産分与として、別紙目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)およびその敷地の賃借権ならびに同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)を譲渡し、同月一五日、本件建物および本件土地についてその旨の所有権移転の登記をした。

(二)  本件建物は、原告が昭和二五年ころ賃借地約二八坪の上に建築し、昭和二九年九月二〇日、原告名義で所有権保存登記をしたものであり、本件土地は、原告が昭和三五年一〇月二九日、関口常右衛門から買い受け、同月三一日、原告名義で所有権移転登記を受けたものであつて、本件建物およびその敷地賃借権ならびに本件土地は、いずれも原告が婚姻中その名で得た財産であり、原告の特有財産に属するものであつた。

(三)  夫婦の一方が離婚に伴いその特有財産に属する資産を財産分与として他方に譲渡したときは、譲渡所得の基因となる資産の移転があつたものというべきである。そして、この場合における譲渡益は、財産分与の時におけるその資産の評価額から、その取得費およびその譲渡に要した費用の合計額を控除して計算すべきである。

本件においては、財産分与の時における前記資産の評価額およびその取得費は、それぞれ別表記載のとおりであり、その譲渡に要した費用はないから、譲渡益は、右評価額の合計額一一、九九七、七二〇円から、取得費の合計額四、八六四、三七六円を控除した残額の七、一三三、三四四円である。

そうすると、原告の昭和四一年分の譲渡所得の金額は、右譲渡益から譲渡所得の特別控除額一五〇、〇〇〇円を控除した六、九八三、三四四円となる。

(四)  したがつて、原告の昭和四一年分の総所得金額は、原告の確定申告にかかる所得二、二四六、八二〇円に、右譲渡所得の金額の二分の一である三、四九一、六七二円を加えた合計五、七三八、四九二円であるから、被告がした本件更正は適法である。

三  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  前項2(一)記載のとおり、原告が、照子に対する財産分与として、被告主張の財産を照子の所有とし、所有権移転登記を了した事実は認める。同(二)記載の事実中、登記の点は認めるが、その余は争う。同(三)記載の事実中、資産の評価額および取得費が別表記載のとおりであることは認める。

2  夫婦が婚姻中に取得した財産は、すべて直接または間接に配偶者の協力によつて得られたものであるから、その所有名義のいかんを問わず、実質上夫婦の共有に属する。離婚に伴う財産分与は、この財産の共有関係を清算して、配偶者の一方にその共有持分の取戻しを得させる制度である。したがつて、離婚に伴う財産分与としてされた資産の譲渡は、譲渡所有の基因となる資産の移転には当たらない。

本件において、原告が財産分与をするに至つた経緯は次のとおりであり、実質上照子との共有に属する財産を離婚に伴つて照子と分割したものであつて、慰籍料や離婚後の扶養料の支払いの趣旨を全く含まないから、右財産分与は、譲渡所得の基因となる資産の譲渡に当らない。

(一) 原告は、昭和二二年三月一八日野部照子と婚姻した。婚姻後、原告は進駐軍労務者、運送店の馬方、あるいは重量物運送店の運送労務者として勤務し、妻照子は、自宅で子供相手の駄菓子屋を経営し、互に協力して生計をたてていた。原告は、昭和三〇年ころ独立して運送業を始め、昭和三五年八月一日、有限会社西村運送を設立し、事業を会社組織に改め、自ら代表取締役に就任した。照子は、右会社の設立の前後を通じて、家事のほか、得意先との応待や集金、支払い、資金の調達等の経理事務一切を分担して事業に協力し、ことに、会社設立後は会社の取締役に就任し、会社から役員報酬の支払いを受けていた。

(二) 原告ら夫婦は、婚姻後間もなく本件建物の敷地二八坪を賃借し、そこにバラツクを建築し、その後数次にわたつて夫婦の共同の出捐により右バラツクに増改築を加え、本件建物とした。また、原告ら夫婦は、昭和三四年八月二八日に別紙目録四記載の土地を、昭和三五年一〇月二九日に本件土地を、それぞれ買い受け、昭和四〇年一〇月三〇日本件土地の上に同目録三記載の建物を、昭和四一年七月一日同目録四記載の土地の上に同目録五記載の建物を、それぞれ建築したが、右各土地の購入資金および各建物の建築資金は、すべて金融機関からの借入金をもつて充て、右借入金は、原告および照子が前記会社から支払いを受けた報酬およびこれら不動産の賃貸料収入をもつて分割弁済した。右各不動産のうち、本件建物については原告名義で所有権保存登記をし、本件土地および別紙目録四記載の土地については原告名義で所有権移転登記を受けたが、それは、夫婦協議のうえ、経済活動上の便宜を考慮し、かつ、会社の常識に従つてしたまでで、右のように右不動産は、いずれも原告ら夫婦が婚姻中にその共同の出捐によつて取得したものであるから、その所有名義にかかわりなく、実質上原告ら夫婦の共有に属するものである。

(三) 照子は、勝気で、男まさりの気性であり、事業が順調に発展し始めると、地味で風采のあがらない原告にあきたらなくなつて、そのために家庭内に風波が絶えないようになつていたところ、昭和四一年七月に至り、照子の方から原告に対し離婚の申入れをして来たので、原告は、忍耐の限度に達し、これを承諾し、原告ら夫婦は、同月二二日、協議離婚した。

(四) 原告ら夫婦は、離婚後協議のうえ本件建物およびその敷地賃借権ならびに本件土地およびその地上の別紙目録三記載の建物を照子の単独所有とし、その余を原告の単独所有とすることによつて、これら不動産の共有関係を清算することとし、本件建物および本件土地については、原告から照子に対し所有権移転登記をし、同目録三記載の建物については、照子において自己名義で所有権保存登記をした。

第三証拠関係

一  原告

1  提出した証書

甲第一号証から甲第八号証まで

2  援用した証言等

証人菊地健純、同曽田功および同野部照子の各証言、原告本人尋問の結果

3  乙号証の認否

いずれも成立を認める。

二  被告

1  提出した証書

乙第一、二号証

2  甲号証の認否

いずれも成立を認める。

理由

一  本件更正の経緯

原告の請求原因1記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告の所得金額

そこで、原告の昭和四一年分の所得金額について判断する。

1  争いのない所得金額

原告に、昭和四一年中にその確定申告にかかる不動産所得および給与所得合計二、二四六、八二〇円があつたことは、当事者間に争いがない。

2  争いのある所得金額

被告は、原告には、昭和四一年中に右争いのない所得のほかに、譲渡所得があつたと主張するので、この点について判断する。

(一)  財産分与

原告が、被告の答弁および主張の項の2(一)記載のとおり、離婚に伴う財産分与として、被告主張の財産を妻照子の所有としたことは、当事者間に争いがない。

(二)  分与財産の所有権の帰属について

そこで、原告が財産分与として照子の所有とした財産が原告の特有財産であつたかどうかについて検討する。

(1) 本件建物およびその敷地賃借権について

甲第一号証(本件で提出された書証は、すべて成立につき争いがない。)、証人菊地健純および同野部照子の各証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は、妻照子と婚姻した後間もないころ、本件建物の敷地約二八坪を原告の名で賃借し、右土地の上に近所の人々の助力を得て古材木を用いて原告ら夫婦の居住用のバラツクを建築したことおよび本件建物は、バラツクにその後数次にわたつて増改築が加えられた結果現況となつたものであることが認められるが、右土地の賃借および本件建物の建築の際に、照子が賃借権設定の対価や建築費の全部または一部を負担したと認めうる証拠は何もない。そして、本件建物について、昭和二九年九月二〇日、原告名義で所有権保存登記がされたことは、当事者間に争いがない。

以上の事実関係のもとにおいて、本件建物およびその敷地賃借権が照子の所有あるいは原告と照子の共有に属せしめられたと認めるべき特段の事情について、なんら主張立証はないから、これらは原告が婚姻中に自己の名で得た財産であつて、原告の特有財産に属すると認めるのが相当である。

原告は、夫婦が婚姻中に取得した財産は、すべてその名義のいかんを問わず、実質上夫婦の共有に属すると主張するが、そのように解すべき根拠はない。また、原告は、本件建物に数次にわたつて加えられた増改築の費用は、原告ら夫婦が共同で出捐した旨主張するが、単なる増築の費用が夫婦共同の出捐によるものであつても、そのことの故に建物が原告ら夫婦の共有となるいわれはなく、また、原告ら夫婦が共同の出捐で従前の建物にその同一性を失わせるような増改築を加えたという事実を認めるに足りる証拠もないから、原告のこの主張は採用できない。

(2) 本件土地について

甲第四号証および甲第六号証、証人菊地健純、同曾田功および同野部照子の各証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三〇年ころオート三輪一台を買つて独立し運送業を始めたが、昭和三五年ころには自動車約一〇台を有し、従業員多数をかかえるまでに事業が発展したので、同年八月一日、有限会社西村運送を設立して右事業を会社組織に改めたこと、照子は、右会社設立の前後を通じて、毎日事務所に出て、電話の応待、得意先との交渉、伝票の整理、帳簿への記録、請求書の作成、資金の調達のための金融機関との接衝、従業員に対する労務管理その他の事務を処理して右事業を分担したが、会社設立後は取締役に就任し、会社から役員報酬の支払いを受けていたこと、原告ら夫婦は、昭和三五年一〇月ころ本件土地が売りに出されていることを知り、当面、具体的な利用目的があつたわけではないが、すぐ近くであつたところから、夫婦協議のうえ、購入資金は金融機関から借り入れ、右借入金は、原告および照子がそれぞれ会社から支払いを受ける役員報酬を合せて分割弁済して行く計画のもとに、本件土地を購入することとし、東和信用組合から、原告が借主、照子が保証人となり、本件土地を購入後本件土地について債権元本極度額六、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する約定で、本件土地の購入資金を借り入れ、同月二九日、右借入金をもつて本件土地を買い受けたこと、原告ら夫婦がそれぞれ会社から支払いを受けた役員報酬は、照子においてこれを合せて管理していたが、東和信用組合からの前示借入金は、照子において管理していた右金員の一部をもつて分割弁済して行つたこと、以上の事実が認められる。そして、原告ら夫婦が本件土地について同月三一日原告名義で所有権移転登記を受けたことは当事者間に争いがないが、これが本件土地を原告の単独所有とする意図のもとにしたことであると認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前示認定の事実と弁論の全趣旨によれば、右は、法律行為の簡明を期し、かつ、世間一般の慣行に従つてしたまでのことにすぎないと推認するのが相当である。

以上の事実によれば、本件土地の購入資金は、原告ら夫婦がそれぞれ自己の名で会社から支払いを受ける役員報酬を合せて共同で返済する旨の合意のもとに、他から借り入れたものであるから、原告ら夫婦相互の間では、その共有に属すると認めるのが相当であり、したがつて、共有に属する右資金をもつて購入した本件土地もまた、第三者に対する関係は別として、原告ら夫婦相互の間では、その共有に属すると認めるべきである。

そして、原告および照子が、それぞれ自己の報酬をどのような割合で前示借入金の返済に充てるか、あるいは、本件土地に対する持分の割合をどのように定めるかに関し、格別の合意をしたことについては、本件に顕れた全証拠によつてもこれを認めるに足りず、他に、本件土地の購入資金または本件土地に対する原告および照子の持分を判定するに足りる証拠はないから、原告および照子の本件土地に対する持分は等しいものとして、各二分の一であると認めるほかはない。

(三)  財産分与と譲渡所得

譲渡取得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産がその所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、その資産の移転が対価を伴うものであるかどうかにかかわりなく、これを清算して課税する趣旨のものであるから、夫婦の一方が離婚に伴う財産分与として資産を他方に譲渡した場合には、右資産が譲渡人の特有財産であるときはもとより、右資産が譲渡人と譲受人の共有財産であるときは譲渡人が有する持分の限度で、譲渡所得の基因となる資産の移転があつたものとして、課税の対象となると解するのが相当である。これに反する原告の主張は採用することができない。

また、原告は、財産分与をするに至つた経緯についてるる主張し、原告と照子は、本件分与財産のほかにも実質上その共有に属する財産を有していたところ、本件財産分与により、右共有財産の一部を照子の単独所有とし、その余を原告の単独所有とすることによつて、これら共有財産を分割したものであるから、本件財産分与は、譲渡所得の基因となる資産の移転に当たらないという趣旨の主張をする。しかしながら、本件分与財産のうち本件建物およびその敷地賃借権が原告らの共有に属するものではなかつたことは、前に判示したとおりであるばかりでなく、かりに原告主張のように、原告らが本件財産分与によつて実質上その共有に属する財産の一部を照子の、その余を原告の、各単独所有としたものであるとしても、原告らの共有に属する複数の財産が全体として一個の共有物であるわけではないから、右のようにしてなされた財産分与が共有物の分割に当たるということはできない。したがつて、原告の右主張は失当である。

(四)  譲渡所得の金額

財産分与として資産の譲渡がされた場合における譲渡益は、財産分与の時におけるその資産の評価額から、その取得費およびその譲渡に要した費用の合計額を控除して計算すべきところ、本件分与財産の財産分与の時における評価額およびその取得費がそれぞれ別表記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、その譲渡に要した費用がないことについては、原告が明らかにこれを争わない。そこで、本件における譲渡益を計算すると、本件建物およびその敷地賃借権の評価額一、六九〇、八〇〇円と本件土地の評価額の二分の一である五、一五三、四六〇円の合計六、八四四、二六〇円から、本件建物およびその敷地賃借権の取得費三二六、五三四円と本件土地の取得費の二分の一である二、二六八、九二一円の合計二、五九五、四五五円を控除した残額の四、二四八、八〇五となる。そうすると、原告の昭和四一年分の譲渡所得の金額は、右譲渡益から譲渡所得の特別控除額一五〇、〇〇〇円を控除した四、〇九八、八〇五円となる。

3  原告の総所得金額

したがつて、原告の昭和四一年分の総所得金額は、前示争いのない所得金額二、二四六、八二〇円に、右譲渡所得の金額の二分の一である二、〇四九、四〇二円を加えた四、二九六、二二二円である。

三  結論

以上のとおりであつて、本件更正は、原告の総所得金額を四、二九六、二二二円とする限度で適法であるが、これをこえる部分は違法である。したがつて、原告の請求は、本件更正のうち、総所得金額四、二九六、二二二円をこえる部分の取消しを求める限度で理由があるから、これを認容するが、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判所裁判官 杉山克彦 裁判官 青山正明 裁判官 石川善則)

別紙 目録

一 東京都荒川区西尾久五丁目一、〇五四番地所在

家屋番号 一、〇五四番二

木造杉皮葺平屋建居宅

床面積 四四・六二平方メートル

二 同区西尾久四丁目一、〇五一番一

宅地 四九九・〇〇平方メートル

三 同区西尾久四丁目一、〇五一番地一所在

家屋番号 一、〇五一番一の一

鉄骨造一部木造セメント瓦葺二階建

車庫兼共同住宅

床面積 一階 二〇八・〇五平方メートル

二階 二〇三・二六平方メートル

四 同区西尾久五丁目一、〇五九番

宅地 二六四・六二平方メートル

五 同久西尾久五丁目一、〇五九番地

家屋番号 一、〇五九番三

鉄骨造陸屋根及び瓦葺三階建

車庫事務所兼居宅

床面積 一階 一五〇・七一平方メートル

二階 八一・〇二平方メートル

三階 一一五・九三平方メートル

以上

別表

<省略>

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